ウルトラアートの軌跡  1

すべての始まり

 

「ウルトラアート」という言葉を最初に聞いたのは2012年の暮れに差し掛かったころ。フェイスブックを通じて知り合った北野道規さん(マシロ、のみフェス統括ディレクター)の口からだった。はじめは「アート」でも「能美市」でもなく、1枚の白山の写真がつないだ出会い。初対面で3時間以上話し込みそろそろお暇しようとした時、私が能美市在住と知って、北野さんが持ち出したのが能美市の観光アクションプランだ。

「地域の宝を磨いて市民が参加するトリエンナーレ型のアートフェスティバル」

能美市で生まれ育った者としては「能美市でアート?」と思いつつ、北野さんの熱いトークに引き込まれて、その可能性に胸が高鳴っていったのを思い出す。

 

 北野さんと知り合うきっかけとなった枚 (白山・室堂からの別山)

年が明け、まだ雪の残る晩、アーティスト村のとある家に6人の大人たちが集まった。BLUEこと戸田秀昭さん(アーティスト村)、河上千秋さん(能美市ふるさと振興公社)、小西暢広さん(TAKATA建築・統括マネージャー)。年齢も職業も違う、私にとって北野さん・中尾和美さん(マシロ・デザイナー)夫妻以外は初対面だ。

能美市で大きなイベントをするには能美市民の協力が欠かせない。殺伐としたこんな時代だからこそ世の中を変えたい。当たり前のことに感謝し、ふるさと能美の豊かさを分かち合いたい。傍から見るとなんて大げさで突拍子もないことを言っているのかと思われるかも知れないが、そこにいた6人は本気で能美市に新しい風を届けたいと思っていた。

 

 白山龍 / BLUE

ウルトラアートが初めてカタチになったのは2013年7月。冬の夜に誓い合ったメンバーのひとり、河上千秋さんが当時勤務していた里山の湯が舞台だ。「ひかりのゆ」・・・光のアートで温泉を極楽にしようというもの。

会場にはBLUEさん制作の「イソギンチャク」や米田毅さんのバンブー・アート「竹光星」が飾られ、玄関には白山をこよなく愛する写真家・木村芳文さんがとらえた神々しい白山の姿が映し出された。その映像を見て影絵を踏むようにはしゃぐ子どもたち。館内では美しい歌声の「ふるさと」とともに雄大な白山の映像が流れ、温泉でほっこりとした人たちをさらに極楽へと導いた。

 


超有名なアーティストが高額なギャラで設えたわけではない。それでもゼイタクな時間は創り出せる。ウルトラアートが目指すのは、お金では買えないココロのビタミンと、どこか懐かしくてそれでいて新しいアートのカタチ。心も身体も温まった、ひとりひとりの笑顔がすべてを物語っていた。

 


201377日 「ひかりのゆ」 里山の湯

九谷の地へ

 

「ひかりのゆ」は思わぬ出会いをもたらした。九谷陶芸村で働く田中洋栄さん、西田余志子さん、中田朋生さん、加藤文季子さん、久田恵已さんの5人で結成された、やまぼうし・レディース(YBL)は厳しい状況が続く業界を少しでも盛り上げたいと、いしかわ動物園の協力を得て「九谷ナイトズー」を計画。そのプロジェクトにウルトラアートも協力することになった。

20138月、真夏の土日4ディズ。炎天下で汗を滴らせながらウルトラアート・メンバーとYBLはドキドキが抑えられない。メインストリートに並んだ「竹光星」も、中央の円形モニュメントも子どもたちの格好の遊び場。陽が沈むとそこは幻想的な光のアート空間へと変わっていった。YBLはいしかわ動物園のユキヒョウ「スカイ」をモチーフにした九谷陶芸村のお姫様「九谷Love招き猫ゆっきー」を生み出し、人気者へと育て上げる。2015年秋、「のみフェス」にて、いよいよウルトラアートとゆっきーがコラボすることになる。

 



 2013810111718日 「九谷ナイトズー」 九谷陶芸村

この九谷ナイトズーでウルトラアートはもうひとつのプロジェクトに挑んだ。九谷陶芸村のシンボルで現代の九谷焼作家を代表する武腰敏昭さんが1993年に制作した、日本最大の陶器作品となるビッグモニュメントへの映像投影という未だ誰も想像しなかったアートの融合だ。ビッグモニュメントは能美市に古墳があることから銅鐸を象り、生命の尊さや自然への畏敬の念を感じられるよう森羅万象が表現されている。正面をスパッと切った形はモダンさを出すためと武腰さんは話す。

 

その巨大なスクリーンに白山の美しい風景が映し出された。想像を超えた迫力に息をのむ。ビッグモニュメントはこのために作られたのではないか・・・そんな錯覚さえ感じられた。この街の象徴としてずっと残ってほしいと願っていた武腰さんも会場に足を運び、20年の時を超えて新たな命を吹き込まれた巨大なキャンバスに心躍らせていた。

 



ビッグモニュメントには白山の風景のほか、九谷の名工たちや武腰さんの作品も投影された

地域の宝に磨きをかける・・・ウルトラアートの想いが、ビッグモニュメントによって表された瞬間だった。この後、ビッグモニュメントには能美九谷の歴史を築いた九谷庄三や赤絵の祖・斎田道開らの名品をはじめ、武腰さんや現代の佐野赤絵の第一人者・福島武山さんらの作品も映し出されることとなる。

 

 「のみフェス」ではビッグモニュメントにて「九谷陶芸村映像祭」が行なわれる


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ウルトラアートの軌跡  2

五彩が放つエネルギー

 

2013年秋、「九谷ナイトズー」で手応えを感じたウルトラアート・メンバーは新たなアート作品に取りかかっていた。赤・黄・緑・紫・青(紺青)。山のように積みあがった5色の透明傘は九谷五彩を表している。毎年11月上旬に行われている「九谷陶芸村まつり」で披露されたのが、ウルトラアートの新作「九谷五彩skyパラソル」。バンブー・アートの米田毅さんが持ち前の手業でパラソルをアーケードに吊り上げ、光の回廊を演出した。

ゆらゆらと風に踊るパラソル。太陽の光は傘を通してストリートを五彩に照らす。子どもたちは五彩の円を飛び跳ね、大人たちはパラソルを見上げてシャッターを切る。誰もがキラキラと笑顔で輝いている。

 

「こんな光景が見たかった」

 


ウルトラアート・メンバーもどれだけ勇気づけられ、何度、頬を緩めただろう。何の変哲もない傘がアート作品に変わる。それをアートにしているのは紛れもなく「九谷五彩」というこの地の宝。360年前に始まった九谷の歴史を紡いできた先人たちは、この五彩が放つ、とてつもないエネルギーをすでに知っていて、意図的に使ってきたのだろうと推測できる。あのスティーブ・ジョブスもキーノートに採用した基本カラーが、実は五彩とほぼ同じであることに気付いている方は少ないだろう。彼が世界を凌駕した遥か昔から、九谷に携わる人たちはこの5つの色に磨きをかけてきた使い手だったのである。

 


20131124日 「九谷陶芸村まつり」 九谷陶芸村

身近なものをアートに

 

辰口・寺井エリアに続き、根上エリアでもウルトラアートの作品を。クリスマスに合わせ、能美市根上学習センターに高さ5.7メートルの巨大な光のツリーが現れた。その名も「ウルトラアート五彩ツリー」。テーマは「宇宙」。北野道規さん、戸田秀昭さん、米田毅さん、山谷尚敏さん(山谷漆工房)の同世代の熱きオヤジたちが渾身のアートを作り上げた。

能美市民の協力で集められたペットボトル441個と4000個のLEDライトが使われ、五彩の輝きを放つ。近年、ペットボトルを使ったアート作品が数多く作られているが、ウルトラアートでも「のみフェス」での「光のゲート」やゲスト・アーティストによる作品展示が行われる。将来的には能美市の未来を輝かせる市民参加型のアートに育てたい。その可能性を感じさせるツリーだった。

 


201312月末~翌1月末 「ウルトラアート五彩ツリー」 能美市根上学習センター

リボーン(再生)

 

20147月。ウルトラアートとしては初となる単独イベント、「辰口温泉ウルトラアート七夕縁日」が2日間にわたって行われた。温泉も能美市の大切な地域資源のひとつ。かつては最大13軒の温泉宿が並び、明治の文豪・泉鏡花も通ったという辰口温泉。現在は「たがわ龍泉閣」・「まつさき旅館」の2軒となってしまったが、「田んぼの湯」など斬新な試みも行われている。

 


この七夕縁日からウルトラアートに参加したのが、Oka-gこと岡嶋健一さん(空間プロデュース、デザイナー)。竹を使って辰口温泉の象徴でもある龍をモチーフにした「竹龍」を創り上げた。しなやかな曲線が重なり合って、それはまるで生きているかのごとくひときわ存在感を放っていた。夜は五彩カラーの照明によって時には荒々しく、時には妖艶に、かと思えば漆黒の闇に浮かぶ精霊のような深い青に染まり、見る人の心を奪っていった。

 

後日、岡嶋さんには「たがわ龍泉閣」から新作のオーダーが入る。2014年暮れから、玄関前に飾られている「竹龍」をご覧になった方も多いのではないだろうか。こうした作品制作がビジネスにつながることもウルトラアートにとっては「アーティストを育てていく」上でとても重要なことだと統括ディレクターの北野さんは話している。アーティストがアーティストとして生きていける世の中。誰にでもその道が開けることがウルトラアートの願いでもある。

 


里山の湯のエントランスには五彩の風船がゆらゆらと揺れている。米田毅さんの新作となる「五彩・風船の森」だ。秀逸だったのは水道パイプの凍結を防ぐ発砲スチロールのカバー。これに針金を指して風船をぶら下げるアイデアは職人気質の米田さんならでは。とはいえ、膨らませては吊っていく地道な作業。アートは忍耐力も必要なのだと実感させられた。

 


風船を見上げ、にこやかな表情でエントランスを通る人たち。ちょっとした発想でこんなにも人を惹きつけるアートは、実に奥深くて面白い。難しくする必要は何もない、ただ見ているだけで人の五感をくすぐってしまうのがアートのチカラなのだろう。かつて温泉街のすぐそばでは農耕馬を使った草競馬やモトクロス・バイクのレースまで行われたという。それほどの娯楽と活気があった。ウルトラアートは地域のタカラを磨きながら、アートという新しい視点でにぎわいを取り戻そうとしている。その可能性を大いに感じさせた2ディズ。目を輝かせて風船を見上げていた浴衣姿の女の子たちの表情が忘れられない。

 

「五彩・風船の森」と合わせて、玄関前には白山や九谷の映像が映し出された。同時に「たがわ龍泉閣」と「まつさき旅館」には浮世絵が浮かび上がった。近年、アート作品などのオープンデータ化が進み、北斎などの絵もシェアフリーになっているものがあることをご存じだろうか。九谷の作品もインターネットの世界では閲覧できる作品画像が少なく、世界に通じる「ジャパン・クタニ」が埋もれている傾向にあったかも知れない。ウルトラアートではこのオープンデータにも取り組みながら、新たなアート作品とのコラボレーションを仕掛けてきた。温泉宿への映像投影もそのひとつだ。

宿の外壁や茶室のある東屋に浮かぶ妖艶な世界。九谷の色絵と四季折々の白山、可憐な高山植物や愛らしい野鳥たちが折り重なって、生き生きとした花鳥風月の世界が広がった。

 


201471213日 「辰口温泉 ウルトラアート七夕縁日」 辰口温泉・里山の湯

このオープンデータ、シェア・アートという新たな視点で生まれたのが、赤絵の祖と呼ばれた斎田道開の赤龍をモチーフにした新ブランド、「Dragon九谷」だ。能美市佐野町は九谷焼の赤絵で隆盛を極めた土地。町内の狭野神社には道開を祀る陶祖神社があり、かつてはここで「茶碗まつり」が行われていた。いわば、この地の神様を触るということにもなる。しかしながら、この伝統の赤絵の技を能美市民である私はほとんど知らなかった。長きにわたって愛され、約100年前のパリ万博では世界を驚嘆させたにも関わらず・・・

「伝承」の難しさ。地域のタカラを生かすも殺すも現代に生きる私たち次第だ。その類稀な技を受継ぎ、後人の育成にも取り組んでいる福島武山さんら素晴らしい作家も存在するが、このふるさとのタカラをこのまま埋もれさすわけにはいかない。その思いが詰まっているのが「Dragon九谷」ブランドなのである。

 


白山山頂にて「Dragon九谷」とともに


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ウルトラアートの軌跡 3

街に元気を

 

辰口温泉の七夕縁日を終えて、ウルトラアートはいくつかのイベントにも声がかかるようになっていた。

いしかわ動物園の名物企画となっている「ナイトズー」では、「5374(ゴミナシ)」などのアプリの第一人者として活躍する福島健一郎さん(アイパブリッシング)が動物たちの映像を投影する「アニマル・プール」を披露。秋常山古墳群で行われた「古墳まつり」では、古墳そのものに映像が映し出された。ほかにもクアハウス九谷での建具を活用した光のアートなど、ウルトラアート・チームは究極の現場型で精力的に動いていった。

 


20148月 「アニマル・プール」 いしかわ動物園

20149月 「古墳まつり」 秋常山古墳群



201412月 「光の格子スタンド」 クアハウス九谷

20152月には能美根上駅のリニューアルと駅名変更に合わせて「ウルトラアート・ボード」が通りにお目見えし、地域の人たちがシール貼りに加わって祝賀ムードを盛り上げた。ボードが飾られたのは使われなくなった建物の正面。人通りも少なくなる中で、岡嶋健一さんデザインの五彩の円をあしらったデザインは華やかさだけではなく、生きる活力も与えてくれている気がした。

街に元気を。秋の本祭「のみフェス」まで半年余りとなった3月、プレイベント「GO-en(ごえん)」がウルトラアート・チームにさらなる進化をもたらした。

 


20153月 「ウルトラアート・ボード」 能美根上駅前

アーティストたちの融合

 

石川県内が北陸新幹線金沢開業に湧く中、会場となった根上総合文化会館(タント)はアーティストたちの新たなコラボで熱を帯びていた。「竹龍」の岡嶋健一さんは、カメラマン・山根勝さんらとバンブーアート・チームを編成し、全長30メートルを超える新たな「竹龍」を制作。また鳥の巣に似せた「Bird House」も創り上げた。

しなやかな曲線美がいくつも折り重なり、陽が沈むと五彩のライトが怪しく輝く。ミラーボールの灯りがまるで銀河を駆け抜けていく龍をほうふつさせた。制作期間中、寒波による強風に見舞われるなど苦労を重ねたものの、白山を仰ぎ見るこの地に誕生した2つの巨大なバンブー・アートは圧倒的な存在感を放っていた。

 


屋内では北野道規さんと米田毅さんに、ガラス作家・秋友伸隆さん(Glass Studio Cullet)、「Dragon九谷」のカップを手掛けた九谷焼作家・久田恵已さん(福久・YBLメンバー)が加わり、アートユニット「雫」を結成。「水」をテーマにした壮大なアート作品を制作した。

逆さに吊り上げられ天井を埋め尽くそうとしている真っ白な傘は、石川県のシンボル・白山を表している。五彩の光りを浴びるたびに変わる表情。影までも美しい。「五彩風船の森」から8か月。完成と同時に雄叫びを上げる米田さん。真骨頂ともいえるパラソル・アートは訪れた人の度肝を抜いた。

 


秋友さんのガラス作品のひとつ「雫」は日ごろから店頭に並ぶ人気商品。これを無数にぶら下げ、白山からの水の恵みを表している。セッティングの際、真下からカメラを向けると、「ウルトラアート・ボード」の五彩のデザインに見えてきた。透明なガラスはいくつもの光を受けて表情を変えていく。時には白山の雪どけ水。時には熱い血潮となって降り注ぐ。まるでこの巨大なアート作品の心臓部のようだ。

 


雄大なパラソルの白山、そしてガラスの雫。その下には佐野赤絵の祖・斎田道開の赤龍をデザインした「Dragon九谷」が積み上げられている。このプレイベントに合わせ数百個のカップと格闘した久田さんは、ひとつひとつ積み上げるごとに龍の魂が乗り移ったかのように顔つきが凛々しくなっていった。

カップの中にはLEDライト。ランダムに移り変わる光によって浮かび上がる龍のおどろおどろしさ。まさに神が宿る。北野さんは「光龍」と名付けた。白山に棲む龍が「いのちの水」を受けて甦る。まさしく「白山龍」が能美の地に降臨した瞬間だった。

 


201531314日 アートフェスティバル・プレイベント「GO-en」 根上総合文化会館(タント)

ある時、メンバーのひとりがつぶやいた。
「結局、ウルトラアートって何なの?」

年齢も職業も違う大人たちが一人、二人と加わり、気がつくとそれは巨大なうねりへと変わっていった。「アート」という言葉にしばられることなく、ただその瞬間々々をめいっぱい楽しんできた。このナカマこそがウルトラアートそのものなのではないか。今、私たちに必要なものは、このココロの豊かさに気づくことなのではないか・・・そんな気がしてならない。

自然、歴史、伝統、産業に至るまで、能美市にはどこにも負けないタカラがある。これらを磨き、人のつながりが深まれば深まるほど、ココロの豊かさが育まれるに違いない。

 

ウルトラアートと向き合った2年半。感情をゆさぶる得体のしれないチカラに惹きつけられ、シャッターを切り続けた。その一枚々々に映っていたのは単なるアート作品ではなく、その瞬間を生きてきたナカマたちの人生そのものだった。だからこそ、この言葉が生まれたのだろう。

 

「ライフ・イズ・アート」。

 

(了) 

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写真・文  中 武守

ウルトラアートde元気プロジェクト

能美市在住


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